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LaCie / iamaKey

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LaCie / iamaKey
年を重ねるにつれ、思い出というものが人生においては結構なウェイトを占めるのだということが分かってきたような気がしている。

小さな頃にすんでいた古い借家、近くの川、初恋、大きかった父親。
思春期に聴きあさった音楽、歩き回った街。
何の変哲もないありふれた青春。成功。失敗。
大切なひととの出会い。
子供の誕生と成長。

あの頃は良かった、戻りたい、という現実からの逃避としての懐古ではなく、ふと思い出したときに心が温まるような思い出というものが、僕らの決して平坦ではない人生の道のりの中で果たす役割というものは決して小さくないように思える。

しかし、それがどんなに大切で代え難いものだったとしても、人の記憶は時間の経過とともに確実に薄れ遠ざかっていく。
それらの全てを記憶して生きていくには僕らはたぶん忙しすぎるし、そもそも人そのものが脆いのだから記憶はもっと危うい、ということが出来るかもしれない。

もちろん存在そのものは忘れない。
しかしそのディテールは否応なく時の静かな奔流の中に紛れ込んでいくし、付随する思いも細かな砂のようにすくった手の指と指の間からこぼれ落ちていく。

だからこそ人は「写真」というものを生み出し、記憶をその中に閉じ込め、時に振り返り、時に他人と共有しようとしてきたのだと思う。


今回の震災では、写真をはじめとする人々の記憶の品々が文字通り根こそぎ損なわれてしまった。
遺体の捜索に平行してそういった「思い出の品」を探し出す作業もボランティアの人々ともちろん被災者自身でも行われている。

みんな知っているのだ。
記憶がかけがえないのないもので、かつ少しずつ失われていってしまうものだということを。

この歴史上まれに見る大災害に対峙するために、被災者を励まし奮い立たせるよすがのようなものとして、そういった品々が各々の手に戻ることを願って止まない。



自分で携帯できないものは常に失う可能性がある、という半ば当然の事実に今まで気付かなかった。
確かに今回は津波がメインだったけど、地震による家屋倒壊、火災、盗難/空き巣だってあるし、想像したことすらなかった原発のトラブルによる緊急避難だってある。
そんなときに、写真なんて持ち出している余裕はおそらくない。
だったら常に持ってるまでだ、と思って購入したのが、LaCieの鍵型USBメモリ。

これに今まで家族で撮った写真や仕事で使う資料などを全て入れ、Utili-KeyLED LENSER V9 micro lenserと一緒に携帯することにした。

自分が被災することはもしかしたらないかもしれない。
でも、誰もが日常の中でそう思って暮らしていたのだ。
想定外を想定するのが知恵だと思う。
いや、もはやその事態は十分想定内なのだ。


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デザイン違い。Cookeyって名前もかわいい。




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残念ながら売り切れ。これ欲しかったなー。

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[ 2011/04/29 00:35 ] ツール | TB(0) | CM(0)

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