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ノームコア Normcore (たまにはファッション的時事ネタ)

服が好きなひとがその時々の流行と全く無関係に生きることは不可能で、自分なんかはその流行の中からつまみ食いして自分のフェイバリットリストに加えていってるんだけど、先日の読売新聞の夕刊で中野香織さんが今後のトレンドとして「Normcore ノームコア」という単語を挙げていた。


中野香織氏の記事をjapan-indepth.jp/から引用します。

2月末に「ニューヨーク・マガジン」が紹介した「次なるトレンド」が、またたくまにインターネットをかけめぐっています。新しい装いは新しいことばとともに。ニューヨーク発の最先端のトレンドは、新語と共に現れました。「ノームコア(Normcore)」です。
ノーマル(Normal)とハードコア(Hardcore)を組み合わせて作られた新語で、いわば、「筋金入りのふつう」。郊外のショッピングモールで買い物をしたり子供のバスケットボールの試合を観戦したりする時に、ふつうの人がごくふつうに着るような普段着。大衆のなかに完全に溶け込んでしまう、バリバリにふつうな装い。
ブランドが一切表に出てこない、ファッションステイトメントのかけらもない、おそろしいほど普通の服。これがノームコアということらしいです。スタイルアイコンは、たとえば、スティーブ・ジョブズ。
多くの人はせせら笑うでしょう。なんだ、私、とっくの昔に最先端だわ~と。
地球上の大半の人はなんの気負いもなく、昔も今もノームコアなのですが、このトレンドのポイントは、ファッション界のインサイダー周辺の人々がそのように装い始めたということ。個性的でエッジが効いたファッションで注目を浴びていたファッショニスタが、集団に埋もれる「ふつう」がかっこいい、と評価していること。昨日までルブタンのヒールをはき、グッチの新作ジャケットを着ていた人が、スニーカーにはきかえてグレーのパーカを着て表参道のカフェにいる、みたいなことなのです。タレントさんのオフですか? 失礼。
見方によってはそれほどバカっぽい話なのですが、多くのファッショニスタがこのトレンドを支持し、話題にしているということに、興味を覚えます。
ファッションで個性を主張しようなどというプロパガンダが行き渡るあまり、見渡せば、どいつもこいつもおしゃれで小ぎれいになり、結局、なんだか同じに見える。みんながみんなファッションに気を遣うあまり、かえって没個性になってしまうという皮肉。そんな砂漠のような虚しいファッションシーンに疲れ果てた人が、ファッションに無頓着な(と見える)ノームコアにほっと安心を覚えるのは無理からぬ話です。そもそも、他人とは違うという個性の主張など、ほんとうに必要なのでしょうか? それよりもこの「シェア」の時代、大勢のなかに紛れ、多くの人々とつながり、同じ目線でなにかを共有することのほうが幸せなのではないか?「他とは違う自分」探し疲れ。いっそ無になりたい。そんな感情の変化がこのトレンドの背後に潜んでいるように感じられてなりません。
とはいえ、歴史家の目でこのトレンドを眺めてみれば、これもまたアメリカらしい「ヒップ」の系譜に連なるんでしょうね。ヒップとは、スラング辞典の定義をかいつまんで紹介すれば、「商業的・政治的および物理的現実のいっさいから離れ、社会的・道徳的関わりからも自由な、真のアイデンティティを守ろうとすること」。
ヒップの反対語は、スクエア。律儀でまじめなこと。たしかに、ファッション誌の教えを守るなんて、スクエアだね。忠実に守ることでアイデンティティの危機に陥ってしまう(=アナタがなくなる)のは自然なことですね。なにが「かっこいい」ことなのかわからなくなった人は、これでも読んで勉強しましょう。
ジョン・リーランド著『ヒップ ―アメリカにおけるかっこよさの系譜学』。
600ページ超の大著です。アイデンティティを守りながらかっこよさを獲得するために、アメリカはそれだけ悩み続けてきたということです。




[Normcore ノームコアの明らかな誤用]
blogネタとして原典も読んでみました。
New York Magazineのコラムが発端のようでhttp://nymag.com/thecut/2014/02/normcore-fashion-trend.htmlが元記事です。
そしてその元ネタとなったK-Holeレポートはkhole.net/からPDFをダウンロードできます。
超拙訳でよければ2編ともtkjが翻訳したものがありますのでご希望の方にはあげまーす。

確かに中野氏はこの二つをすっきりまとめてくれています。

でもOriginal Articleを読むと、ファッション界隈で使われ始めた「ノームコア」ははっきり言って誤用です。

本文中でも「ノームコアは特定のルックのことでなくアティテュードを指した言葉だ」と言っていますが、K-HOLEのレポートの最後にこんな画像があります。

youth mode1

多分これがいちばん大事な図で、本当にノームコアを理解する為にはその周辺概念とでも言うべきAlternative、Acting Basic、Mass Indieまで理解する必要があると思いました。

tkjの理解では、alternativeを特徴付けるのはEvasion(回避)とsameness(同一性)なので、これはいわゆる普通の人。
ひとと同じものに安心感を抱くし、ちょっと避けたいなっていう気持ちも当然ある。
どちらかと言えばsameness優位のひとが多いのかな。
この回避の度合いが強くなってくるととなりのActing Basicに移行する。

Acting Basic、このひとたちはEvasion(回避)とDifference(相違性)だから、いわゆる普通のこだわりさん。
なるべく他人とはかぶらないものを探している。
他人との同一性を回避して相違性も少し確立できた人たち。
tkjは明らかにここに属する(と自分で言ってみる)。
ただ、僕自身はべつに同一性を忌避しているわけじゃないので、クリアカットには分類できない様な気もする。

Acting Basicが相違性を突き詰めて称賛を受けるまでになるとこれはMass Indieになる。
Mass Indieってつまりはサルトリアリストなんかに載るようなファッショニスタ(好きじゃない言葉だが)みたいな人たちでしょ、多分。

この考え方で言えば、パタゴニア〜、ニューバランス〜とか個々のアイテムの組み合わせでノームコアどうこう言ってる人たちはActing Basicについて言及しているに過ぎない。

K-Holeのレポートではノームコアの特性として「柔軟で他人とうまく関われアイデンティティに固執しない、オープンマインドなひと」となっていて、ひいては服装だって他人と同じでも気にならないという論理展開だ。


はっきりと「彼がノームコアだ」という明言はないけど、そのレポートの中にはジョブズの名前を見つけることが出来る。
でもその考えでいくと彼は決してノームコアではない。
他人とうまくやることを彼は考えていただろうか(自分の考えに相手を従わせることを「うまくやる」と定義するなら考えていただろう)?
他人との関係性における柔軟な心や、同一性を認める心が彼の中にあっただろうか?
もしスタイルだけを取り上げてジョブズがノームコアだとほのめかしているのであれば、それは大きな自己矛盾だと言わざるを得ない。
だってノームコアは見た目のスタイルじゃない、生きる上での姿勢だと言っているのだから。

K-holeのレポートとはいくぶん解釈が異なってしまいそうだが、ノームコアのいちばん大切なところはたぶん「コア」のところであって、ハードなコアを持ってない限りはどんだけ没個性的なスタイリングをしても全然ノームコアじゃなくて、それはただのノーマル(普通の人)なんじゃないだろうか?と読み取る。

改めて「Hard-Core」を手元の英和辞典で引いてみると「本格的な、筋金入りの、マニアな」といった表現が並んでいる。
ここは「本格的なノーマル」「筋金入りの普通」と訳してもいいんだろうけど、hardcoreがnormalの直接の形容詞だとして原典の論旨と照らし合わせると、僕はどうしてもそこに漂う違和感を拭い去れない。


”何かに特化した能力を持つ「筋金入りの」「本格的な」人間”が選んだ(行きついた)ノーマルさ

というのが正しい訳ではないだろうか。


ジョブズが近年なしたことのすごさは改めて挙げるまでもない。
世界最大級ハードコアであるジョブズのあのスタイリングがクールに映ったとしても、それは全然不思議ではない。
そう、ちょうど耳の聞こえない作曲家が作りあげた壮大な交響曲が、世界に美しく高らかに響き渡ったように。

逆にコアさえ持っていれば、そのコアが大きければ大きいほど、付随するものも光り輝く。
コアとはつまり物語のことなのだ。
見た目のノーマルさに付随した極めてアブノーマルな物語。

だからAlternativeの隣にはNormcoreが書いてはあるけど、その2つの距離は相当遠いし、ファッション軸で語る限りそれまできっちりファッション的Mass Indieとしての地位を確立できていない人間がsamenessを採り始めるとそのコアの部分が弱すぎて(周囲が認めるところの)ノームコアにはなれない。

さらに言えば、結果的に到達するのがノームコアであって、意図的なノームコアというのは本来的にはあり得ないことになる。


例を出すなら、(好き嫌いは別にして)中田英寿(=超一流のMass Indie、K-Holeの言葉を借りれば「Mass Indie überelites)みたいなサッカーなどの業績という意味合いでのコアとファッショニスタとしてのコアを持っている人間が、これまでとは違ってなんてことない格好にたどり着いたのなら、それはまさにノームコアと呼べるだろう。

そして僕が思い浮かべるのは、コレクションの最後に出てくるデザイナーたちだ。
ついさっきまで華々しく煌びやかなスタイリングのモデルたちが闊歩していたランウェイに、まるで休日の朝、家から新聞を取りに出てきたかのような装いの彼ら。
あのコレクションを構成していた洋服群を作った張本人とは思えないほどのシンプルさ。

あれこそがノームコアだ。


逆の例を出そう。

どこかの雑誌のスナップに1〜2回載っただけのようなひと(=differenceの比重が高いMass Indie、もしくはDifference側に傾いたActing Basic)が、他の人と同じような格好をし始めたら、それは周囲の耳目を全く集めない普通のひとに成り下がる。

ジョブズの例をまた使うなら、そこら辺の名もなきおっさん(=Alternative)が黒タートル(たとえそれがイッセイミヤケ製であろうとも!)、リーヴァイス、ランニングタイプのニューバランスを身に着けていても、非難されることはないにせよ少なくとも称賛を受けることはないだろうし、こうやって誰かのレポートに名前が挙がることは決してない。

両者ともにそこには誰の目にもわかりやすいコアが見当たらないからだ。

結局のところ、ファッションとしての個性をどんなに消し去ろうとも、非ファッション的個性からは離れられないというこのジレンマ。
ファッション軸から離れれば離れるほどにむしろ非ファッション的個性の強度を必要とする。

同一性を認める(どんなに頑張ったところで自分と他人にそれほど大きな違いがないということを生きる上での基本認識にする)という精神的スタンスは、個人的にはけっこう大事だなとは思うけれど。


[そしてノームコアは一人歩きを始める]
上で述べたように、目立たない格好をしたからといってそれがすなわちノームコアでは全くないんだけど、この生き馬の目を抜くファッション業界ではそんなのは大した問題ではない。

未来の決して明るくないように見えるアパレルの世界は、たぶん次のトレンドを常に探し続けている。
今までの日本なら多分シティボーイだ。

そこにやってきたノームコア。

どんな誤用だろうが誤解釈だろうが、今ファッションはノームコアという耳障りのいい、しかも敷居の低そうな素敵な言葉を手に入れたのだ。

このキャッチーなタームは、誤ったまま一人歩きを始め、ウィルスのように拡散し、トレンドとなるだろう。

これまでだってちゃんとあったけど言語化されていなかったスタイルがノームコアという単語になり可視化した途端、トレンドという形で消費され始める。

自然発生的なトレンドも確かにあるんだろうけど、ほとんどのトレンドには仕掛人が多分いて、このノームコアも若干作為的な何かを感じる。

K-HOLEもCutもこのノームコアの誤用と一人歩きすらも予想していたとしたら?

多分これからアメリカでは上辺のスタイルとしてのノームコアが少しずつファッションインサイダーたちに浸透していく。

そしてすぐに消費し尽くされて飽きられて、どっかの媒体が「やっぱりお洒落が好き!」みたいな特集を組むところまでが予定調和的にもう透けて見えてる。

それすらも俯瞰してみるなら、その誤用が独り歩きして広まる様こそ、とてつもなくモード的/ファッション的であって、逆説的にファッションとしては正解であるとも言えるかもしれない。

「ノームコア≠ノームコア的スタイル」という方程式が「ノームコア≒ノームコア的スタイル」に浸食され、やがて「ノームコア=ノームコア的スタイル」に完全に置き換わるまで大して時間はかからないだろう。
というか、始まりからすでにそうなっている。

思想的にアナーキーでもなく音楽ジャンルとしてのパンクをやっているでもないパンクス的スタイルの人が「パンクス」と呼ばれるように。

そんな変化が見られる前に、スタイルとしてのノームコアがあっさりと退場してしまう可能性だって十分にあるのだけれど。


[誤用ノームコア=GO OUT+BEGINなんじゃね?]
社会的クラス=階級の存在しない、人口総ノームコアと言っても言い過ぎではない日本では、すでに購買層もマーケットも存在しているわけだけど、要は定番品とアウトドア着てりゃノームコアになんだろうと思う。

雑誌で言えば、BEGIN+GO OUTあたり。

だってユニクロはなしでしょ?
みんなとの同一性を謳っておきながら普通に見えて実は普通じゃない服じゃなきゃダメでしょ?
そしてその部分を「ハードコア」だと勘違いするんでしょう?
「普通に見えるでしょ??でもねこのスウェットはね吊り編みでホールガーメントで手染めで特殊染料で」とか喜々として身に着けてる服にまつわるエトセトラを語りたいんでしょ?

tkjは全然ノームコアじゃないけど、物語のある服が着たい気持ちはやっぱりあるもの。

それを一般に敷衍して語るなら、やっぱりBegin的定番品とアウトドアしかないじゃん。

もうちょっとだけファッションリテラシーがある層に訴えかけるなら、ハイブランド以外の多くのブランドはすでに(誤用)ノームコア的だからそれを選んだっていいと思うけど、ぱっと思いつく範囲でYaecaとかマーガレットハウエルあたりはこれから起こるかもしれない「ノームコアマーケティング」とでもいうべきものに大いに利用されていく気がする。


[やっぱり最後は自分]

結局のところどう言い繕ってもノームコアって、他人との同一性を認める、という観点が逆説的に他人との関係性から離れられてなくて自意識過剰。
いや自意識過剰は全然問題じゃない。
tkjも他人から見たら過剰な自意識のかたまりに見えるはず。
事実その通り。

要は、そこをうまくカモフラージュするために、自分を偽る為にノームコアなんて言葉をスケープゴートにするべきじゃないってことだ。

ほんとにノームコアりたかったら、何かに没頭して光り輝くハードコアを得て、その過程で洋服なんて気を遣ってる余裕はないから全身ユニクロにするしかない。

ユニクロは極論だけど、何かを突き詰めていける人間は何事においても定型が自分の中に自然発生していくことが多い。

ハードコアを手にできる人間が持つ美学が服装というジャンルで結晶化して表れたものこそノームコア的スタイルだ。

それが出来ないくらいならこんなまやかしのトレンドに乗ってノームコアのふりなんかしないで、素直に「洋服が好きだ!!」と叫んだらいいんだと思う。


いつだってファッションは螺旋を描いて進んでいく。
ある方向に振れれば、同じ強度で逆のベクトルに振れようとする。

どんな時でも大事になるのはやっぱりその螺旋の中心にまっすぐと立つ、価値観という軸なのだ。

その一方で人間なんてすごく不安定で二義的な存在なんだから、時にはトレンドに乗ってもいいし、どこまでも突っぱねる権利もあるし、もしくはそのときどきのトレンドすべてに乗っかるのだって立派なポリシーかもしれない。


そういうたくさんのことを飲み込んだ上で他者の多様な価値観を認め、自己と他者の同一性、相違性を認めて生きていくべきだ。

そういった姿勢になにかとくべつな名称がついていないからといって、個人的には何の痛痒も感じないし、世界はちゃんと進んでいく。



[後日追記]
先日ノームコアの記事が某カリスマファッションブロガー/ツイッタラーの方がツイートしてくださったことにより、一時的にアクセスがいつもの3倍ほどに跳ね上がりとてもびっくりしました。
でもいろんな人に読まれてうれしかったです。
見ていらっしゃらないかもしれませんが、この場を借りてお礼を申し上げます。
ツイートしてくださってありがとうございました。


表題にもあったようにたまには時事ネタでもやってみるかといくつか購読している新聞の中の読売から題材として取り上げただけで、ノームコアに大してそこまで思い入れはないのでたぶん記事にするのは最後です(と言いつつ、もし雑誌なんかが本格的に取り上げ始めたら僕そんなこと言ってましたっけー?と口笛を吹きながらまた全力でネタにする。アクセス乞食なので)。

あまりない経験だったのでエゴサーチもかけてみましたが、アルファツイッタラーの影響力とネットの拡散力ってほんとすごいんですね。

ただ、思った通り本当にほとんどの人が原典にあたることなく「ノームコアガー、のーむこあがー」って広まっていく様子は驚異的であり、大半はActing Basicと混同しているように見受けられました。

そもそもCutの記事を書いたフィオナダンカンもノームコアをファッションとして読み替えしちゃってるし、そりゃいろんな風に読み取られるよな。

僕自身も当然さまざまに解釈しながらキャーキャー言っているそのなかのひとりにしかすぎないことは当然自覚していて、結局のところK-Holeの元レポートを読み込んでもcut周辺の関連記事を読んでみてもNormcoreの本質というかどういうひとたちがノームコアなのかいまいちつかみきれていません。

でも「人との違いを追求したってそこには限界があるし大した違いも生まれないから、同じになることを恐れるな、普通なんてものはそもそも存在しないんだ、フレキシブルにいこうぜ、それがノームコアさ」ってことなのか、うん何も言ってないに等しいわっていう、一応そこまでを自分なりに読み取ったうえで、超拡大もしくは誤解釈とわかりつつも、おしゃれさのかけらもないジョブズをわざわざ引っ張り出してネタにするモード(流行という文脈での)の世界の在り方に、小さく中指を立ててみよっかな、非ファッションさえもファッションに取り込ませようとする軽薄さに小さな声でノーと言ってみようかなというのがあの記事の僕なりの意図でした。

というのも、服って、ファッションである前に「衣食住」の「衣」という人間の生活にとっての大前提で、ものすごく大事なものだと思っているからです。
わざわざ服以外のいろんな意味を付与しようとして(それがダメなわけではないし、むしろそこもファッションの面白いところなんだけど)、他の芸術に追いつこうともがいているように見えるけど、服そのものが十分自己完結的・自立的存在だと思っていて、こういう整合性のないトレンドの捏造(はちょっと言い過ぎかな)はかえってファッションの地位を自ら貶めている気がしていて。

K-holeの原典から大きく外れないで解釈すれば、ノームコアには定型スタイルなんてものはなくて、個々人が追求していった先にある「これこそ自分のスタイル」(たとえそれが大衆にうずもれてしまうようなスタイルだとしても、その姿勢こそがhardcore)というものを持つ人種こそが、世間の誤解と理解の最大公約数的ノームコアなんじゃないかなと思っています。

結局中身がどういうものであれ、そしてそれが正当に解釈されたものであれ誤解であれ、ノームコアなんて初めからしっかりとモードの中に位置づけられるいち亜系でしかなく、また次のムーブメントに上書きされていくんでしょうね。

村上春樹は「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」と言っていますが、そもそも世界のあらゆる事象は相対的で、理解も誤解ものみこんでいくファッションってつくづく面白いなと思っています。

だからいくつになっても服が好きなのかもしれません。
関連記事
[ 2014/04/03 03:26 ] 雑記 | TB(0) | CM(19)

力作ですな!

ノームコアは、それ自体矛盾を孕んでる言葉ですよね。
他の概念で考えてみると分かりやすいです。

「粋な男になる」こんなキャッチコピーがありました。
でも、目指した時点で粋は雲散霧消。手に入ることはありません。

元ネタの英文は、ジョブズを例にあげてるのでもわかる通り、偉人や有名人の業績以外の部分(人格や服装)を持ち上げて、美的に抽象化、イメージ化し、自らの訴えたい概念と結びつけ、ノームコアという言葉の商品価値を上げようとしてるだけのように思います。
ジョブズがノームコアな人間なんて、悪い冗談ですよね。

ノームコアは、ファッションの世界で解脱したふりをした人達が、他人より優位に立つための武器として、暫くは語られるのでしょう。
そして、tkjさんの言うとおり、暫くお金を生み出すことになるのでしょう。

その点、マルジェラの錬金術はクレバーだった。
語り過ぎないことによって、ファン達が拡大解釈し、勝手に謎解きをし、無いところに意味を見つけ、無いはずの価値が付くのを待つ我慢を知っていた。
おまけに解答を与えないことにより、価値を長く維持する術も知っていた。
全くあっぱれなマーケティングです。

粋を語れば野暮になる。
いやー、本当にファッションってめんどくさいですね。
でも、ファッション大好きだぜ‼︎

つらつらとめんご。
[ 2014/04/03 17:04 ] [ 編集 ]

Re: 力作ですな!


さすが赤い水性さん。

僕も最後までマルジェラを引き合いに出そうか迷いました。
ただ、マルジェラに関してはどうにも愛憎半ばする、というのが正直なところで、どうしてもマルジェラをdisってしまいそうになるので(ひいてはマルジェラフリークを)、あえて挙げるのをやめました。

マルジェラ・・・・、うん、マルジェラ好きなんですけどね、もちろん。
ガチンコのノールールバウトにも強く、興業的プロレスもうまくやるマルジェラ。

うーん、マルジェラマルジェラ。
[ 2014/04/03 18:37 ] [ 編集 ]

では代わりに一言

マルタン・マルジェラ=ヒクソン・グレーシー説。
もちろん皮肉です(笑)。

決して、ヒョードルでもGSPでもない。
[ 2014/04/03 22:17 ] [ 編集 ]

Re: では代わりに一言

格闘技ファン以外にはちょっとわかりにくいユーモラスな例えですね!!
もちろん、ホイスVS桜庭を生で見た俺には容易にわかりますよ!!
[ 2014/04/03 23:21 ] [ 編集 ]

激しい!

tkjさんこんにちは!

ノームコア…それとなくツイッターなんかで誰かが呟いていたような。これからのトレンドに組み込まれていく「キーワード」。
私の地頭がかなりアレなので全文理解するのが難儀ですが、図解をひも解いてもらったことでかなり理解につながって、

”ほんとにノームコアりたかったら、何かに没頭して光り輝くハードコアを得て、その過程で洋服なんて気を遣ってる余裕はないから全身ユニクロにするしかない。”

という一文で、「ああなんだそういうことか」ってピーンときました。

それからヤエカ、マーガレットハウエルっていう誤ノームコアに巻き込まれていきそうなのはすごくイメージしやすかったです。
ヤエカ、というブランドは見たこともさわったこともないんですが、ファッション誌(特に女性誌)によく登場して、そのスタイリングに一種の優しさを感じてはいたんですが。
マーガレットハウエルは、結局マーガレットおばさんのライフスタイルみたいなものですから、むしろノームコアな人がデザイナーって感じかもしれませんね(思いついたことを言っただけです)自身、まったく興味がなかったマーガレットハウエル、最近はモノによってはスゲエツクリだったりスゲエソザイだったりするので必ずチェックしてます。アウトレットだけど

長々とすみません。勉強になりました!
[ 2014/04/04 09:24 ] [ 編集 ]

今回は硬派ですね!しかしファッションて凄いですねぇー!ジョブズみたいな恰好もアイコン化してファッションのうねりに取り込んでしまうんですから。
でもそういえばファッションてそーゆー所ありますよね。スクエアやハードコアの特色を上手く取り込んでファッションとして地慣らしして。それを自身のコアであるかのように、私ら一般に取り入れやすい形に落とし込んでくれる。
例え昔ヒップだったものでもスクエアに取り込んで現在の私らも違和感を抱かなくなってしまうんですから。ある意味宗教ですねw
私はそんな昔ヒップだった人のスタイルに現代スクエアになっているファッションを見かけると、おぉファッショニスタだなぁって感じてしまいます。

しかしノームコアという新たな立て看板を手に入れて実践するファッショニスタ達は、結局そこに他者のノームコアファッションと違う特色をちりばめて自己表現をする流れになりそうですね。

そして私のような無頓着なオッサン層は、無意識に手にとったノームコア服を着て。更にノームコアという立て看板の後光を受けてますます怠惰になってゆきそうですw

よし、今年も胸を張ってポロシャツにジーンズで外を歩けるぞっ!??
[ 2014/04/04 11:18 ] [ 編集 ]

Re: 激しい!

なべこぱんさん

マーガレットハウエルは時々欲しいと思えるいい靴がありますね!

ノームコアについては若干勝手な解釈かなあとは思いつつ・・・・。
ただ何となくマーケティング的匂いがしませんか?
日本で言うなら電通/博報堂が1枚噛んでる的な。

なべこぱんさんの感覚は僕もすごく正しいと思っていて、デザイナーはノームコアなひとが多いように思います。
よくコレクションのランウェイ終わったあと最後に、デザイナーが「スニーカー+デニム+無地Tシャツ」みたいな格好で登場するのをよく見ます。
コレクション中はうごきやすいようにそんな感じなのかもしれませんが、大体デザイナーの人たちって普段から華美な服装をしていないような印象です。
あれはノームコアなんじゃないかと思います。

さてどこまで日本で流行りますかね??
楽しみに見てます。
[ 2014/04/06 01:54 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

通りすがりのチワワさん

普段はあんまり強い論調の文章は書かないように意識しているのですが、単純にジョブズのスタイリングをかっこいいと思うのならまだしも、いろんな理屈をつけて有名性と権威をファッションに結びつけようとするやり方がかっこいいと思えなかったので。


チワワさんのおっしゃることはごもっともで、(誤解釈された)ノームコアは、あらゆるひとびとが逃げ込める場所を提供していくんじゃないかと思っています。
非ファッション層ですらノームコアというファッション層に入るようになるかもしれませんし、ファッション層にとっては一種の解脱ともとれるし、スタイリングにセンスがなくてもノームコアと言えば許されるし。

どういう流れになっていくのか楽しみです。
[ 2014/04/06 02:14 ] [ 編集 ]

あらためて

生き方ではなくファッション的な意味でのノームコアの正解は、「自分に似合うことを突き詰めた結果としての私的定番を持つ」「それを人には気づかれないレベルでアップデートし続けること」と定義できるんじゃないですかね。

その意味での正解はアルマーニ。
アルマーニのワードローブルームって、黒、紺、グレーのカシミア、シルク、コットン製カットソーとニットの同じものが何十枚と収納されてて圧巻でした。

ジョブズはファッション的には不正解。彼はハードコアなだけなんで。

ノームコアな人と思われたくて、今更、ちょっとこだわりのグレーパーカーを着るとか、ニューバランスを好きでもないのに色違いで買うとかは、ただのファッションかご近所着ですよね笑。
[ 2014/04/23 22:53 ] [ 編集 ]

Re: あらためて

赤い水性さん

僕も完全に同意いたします!

先日記事にちょっと書き足しをしたんですが、コレクションの最後に出てくるデザイナーの格好の多くがシンプルで、彼らこそノームコアなんだと思っています。
[ 2014/04/24 00:12 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ほうじ茶さん

コメントありがとうございます。

僕もノームコアは一種のプロパガンダだと思っています。

K-HOLEのレポート、Cutの記事、どちらを読み込んでみても未だにNormcoreの真意を掴みかねていますし、Normcoreの典型例が誰なのかすら思い当たりません(だからこそ僕は若干自分勝手な解釈を進めたわけですが)。

そもそもが実体のない虚ろなタームで、だからこそその上澄みだけが一人歩きしてしまうのかもしれません。
ほうじ茶さんのおっしゃる「戯言」という表現に僕も共感します。

日本の息苦しさ・・・・。
僕は海外に長期間住んだことがないのですが、日本は色んな意味で飽和していて、服に限らずあらゆるものがオーバースペックであるように思います。
深化という垂直方向への追究が、多様化という水平性を凌駕しているというか。

ただ、僕自身は洋服そのものに強く惹かれるし、オーバースペックだとしてもarc'teryxのような高い技術のものにはどうしようもなく惹かれてしまい、街着のみでもアルファSVとか全然ありです。

でも僕のような人間がいるから、その裏側でほんとうのアルピニストが買えなくなるというところまで恥ずかしい話ですが考えたことがありませんでした。新しい視点を与えてくださりありがとうございました。その辺はわきまえるべきところだと思いました。

スタイルとしてのノームコアに関しては、僕はこだわり満載の普段着でもいいのかなと思っています。
ただ、それをことさらノームコアだ普通だと主張し承認欲求するやり方は、ちっぽけではありますが僕の美学に反します。
好きなら好き、かっこつけているならかっこつけていると自然に言ったらいいんです。

あれですね、試験前にすげえ勉強してきたにも拘らず「全然やってねえよ」とかいいながらいい点取ろうとするやつです。
それが日本人の特性かどうかまではわかりませんが。
勉強したのなら、さらっと「それなりにはしてきたよ」って言えばいいだけの話なのに。

示唆と気付きに富んだコメントありがとうございました!
またお話が出来ると嬉しいです。
[ 2014/04/24 23:20 ] [ 編集 ]

いつも楽しくブログを拝読しております。現在英国に住んでおり大学院に通っております。いつもtkjさんのブログを拝読しながら、日本に帰ったらworkers欲しいなスムースディ欲しいなと思っています。

さて、こちらの学生(米国・EU圏・アジア人問わず)も、試験前にすげえ勉強してきたにも拘らず「全然やってねぇよ」とか言いながら良い点取ろうとする奴ばかりです。「それなりにはしてきたよ」ってさらっていう人は皆無ですね。勿論自分の半径数メートルでの観測ですので必ずしも正しいとは思いませんが、欧米に留学している他の友人も同様の観測事例があると言っていましたので比較的尤もらしいような気もしております。ご参考まで。

特別に日本を礼賛する気にもなりませんし、出羽の守を気取るつもりもありませんが、日本って諸外国に比べると異常なくらいに住みやすいですよ。窒息なんてとてもとても、自由にのびのびと空気が吸える国だと思っています。(これもまた経験則で余り意味がないかもしれませんが)

因みに雑誌に掲載されることで人気が集中し、本来必要に迫られて手に入れたい人が手に入れられないという事態も、長期的に考えれば【雑誌に掲載されないがアルピニストが必要とする機能を持つ物を製造するメーカー】が現れる(もしくは存在している)可能性は高いですし、比較優位の源泉から考えればアルピニストは雑誌掲載有無に拘わらず彼らの需要を満たすものを選択する為、「恥ずかしい話」とは言い切れないと思います。逆に雑誌掲載によって刺激された読者の消費によって増えた余剰利益をアークリテクスがR&Dに再投資することによって、よりアルピニストが求めるものが生産される可能性もあります。本来必ずしも大きくないアルピニストのマーケットが他の消費者によって広がることによって得られる益もある訳です。(勿論その余剰利益を企業側が正しく再投資できるかが問題になるわけですが)難しいことを考えなくともマーケットは消費者の意思に拘わらず勝手に調整されるので、自分の好きなものを好きなように買うのが良いのではないでしょうか。ノームコアから話がズレてしまい恐縮です。

日本に帰国する折にはスムースディの実店舗が再開されていることを切に願っています。。。
[ 2014/04/25 00:44 ] [ 編集 ]

通りすがりさん面白い‼︎

通りすがりさん、面白い‼︎
そして、同意。

ハイスペックなら着てみたくなります、自然なことです。
まして街でも快適なら。

それにたかが服です。
好きに買えばいいし、着ればいい。
確かに、メンズは、エクスキューズと理論武装過多な論の発信が多いですがね、何故か。

まぁ俺にとっては、されど服なんだけどね(笑)‼︎‼︎
[ 2014/04/25 01:48 ] [ 編集 ]

ほうじ茶さん

ガイドは命を預かっていますし、装備はガイドにとって必須でしょう。
そして、ほうじ茶さんは、ガイドが手に入らないのがいけないと仰いますが、アウトドアメーカーは営利企業であり、その商品はお金を出せば買えるのだから、仕方の無い現象ではないでしょうか?

営利企業である限り広告することは責められません(ビギンのほとんどの記事に広告費が発生してます。要するに、メーカーの要望で掲載されてるわけです。)。
それを見てお店に行き、多数の人が商品を購入すること、これも責められません。
購入者は、メーカーにより掲載された記事を見て良い商品だと思い、適正な対価を支払っているだけです。

ガイドの方は、仕事で必須ならば、プロとして予備を持つべきでしょう。
また、これだけ多数の高機能なアウトドアメーカーがある昨今、ノースフェイスの商品に代替できる物もあるはずです。
ガイドの方にしてみれば、愉快ではないかもしれませんが、所詮は商品。増産されるまで、代替品でまかなえばいいのではないでしょうか。

例えば、輸血用の血液が美容に効果があるとして買い叩かれる、という例と比較すると分かり易いです。
この例は、多分に問題があり、批判されるべき状況です。
なぜなら、血液には非代替性があり(未だに人工血液は実用化されてません)、日本では売血は原則認められていないので、血液は市場原理の下にある物ではなく、金銭との等値性、代替性は認め難いからです。

ほうじ茶さんの意見には賛同するところもあるのですが、全体的に根拠が薄弱であり説得力を欠きます。
確かに、ガイドの手に届かないのは、いいことではないですし、山屋の人達から見たら気に食わない状況ではありますが、売り切れやブームに対する批判としては的外れです。
これに対し、通りすがりさんの意見は、詳細で説得的な根拠を示しつつ、こういうプラス面もあるよと多面的な視点を与えてくれています。

私も、友人のブログでこのような批判的意見を書くのは心苦しいのですが、
ほうじ茶さんの意見も、本人自身が批判している方たちと同質性がある、一方的な部分があるように感じたので、書き込みをさせて頂きました。

tkjさん、申し訳ない。
いつでも消してください。
[ 2014/04/25 03:46 ] [ 編集 ]

赤い水性さん、
コメント有難うございます。たまに拝見する端々に迸るセンスの良さをいつも参考にさせて頂いておりました。ご賢察頂いたほど深く考えて書き込んではおりませんが、代替性と非代替性については思いを巡らせながら書き込んでおりましたので汲み取って頂けて嬉しいです。

ほうじ茶さん、
御指摘の点についてはいくつか思い当たる点もありますし、時間的なスパンについては下名も再投資と製品実現化のサイクルについてもう少し踏み込むべきでした。失礼いたしました。ちなみに下名の妻もフランスに住んでいたこともあり、ほうじ茶さんと同様の趣旨の発言をしておりました。お国柄によるところが多分にあるのだと思います。やはり自分の半径だけで物事を語るのは難しいですね(と言いつつ、そうすると何も言えなくなってしまうこんな世の中じゃポイズン、になってしまうのでこれまた難しいところですが)

という訳で、下名こそ本題から外れてコメント欄を乱すようなことをしてしまいました。tkjさん、大変失礼いたしました。いつでもコメント削除頂ければと思います。

更新を楽しみにしております~♪
[ 2014/04/25 04:09 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

通りすがりさん

コメントのお返しが遅くなり大変失礼いたしました。
大変勉強になるコメントありがとうございます!!
削除する理由は全くありませんし、このきちんとした議論は他の人にも目にして欲しいのでこのままにします。
ですが、ほうじ茶さんがコメントを消してしまわれたので、見る人はなんのこっちゃでしょうねδ(^ ^;)

通りすがりさんの意見もごもっともです。
需要と供給は市場原理に基づいてのみ調整されるわけで、そこにどんなマーケティングが介在しようがどんな購買層がいようが、結局はマクロで見ればフラットなはずです。
しかしミクロでは情報に早いひとやコネがあるひとに有利だったりするので、不平不満が出るのはわかります。

今回のやりとりに関しては、ブログ運営者という立場からは、どんなコメントも、常識を欠いた一方的な非難(批判ではなく)などではない限り自由にしてもらっていいと思っています。
恵まれていることに、僕のブログにコメントを下さる方々はみなさん博識で常識的な方ばかりですから、コメントの中には必ずどこかしら学びとなることが含まれているように思います。
批判する側もされる側も感情に流れずお互いに耳を傾け採るべき所は採り勉強させてもらうという姿勢でコメントを下さる方々が議論をかわす場になるならそれはとても光栄なことです。
僕としてもある程度の問題提起や示唆のある記事を書こうと多少なりとも苦心してる部分もありますから。
ですので、これからも通りすがりさんの卓抜な見識を見させていただけると嬉しいです。

Smoothdayの実店舗、再開をともに祈りつつ。
[ 2014/04/26 23:30 ] [ 編集 ]

赤い水性さん。

いつもその深い知識と知性に驚いてしまいます。
赤い水性さんの目に堪え得る記事を書くのはほぼ不可能に近いような気もしますが、これからもお付き合いお願いしますm(_ _ )m
[ 2014/04/26 23:32 ] [ 編集 ]

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[ 2014/04/28 22:22 ] [ 編集 ]

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[ 2016/09/13 01:30 ] [ 編集 ]

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