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Today's style-95- みっともない追体験、ナラティブ・ストーリー

ts95-1.jpg
上:paul harnden
中:mont-bell
中:Do-1 sewing
下:lamond
靴:Tricker's

この週末でようやく仕事上の大きな案件が片付き、ほっと一息ついているところです。
心置きなくblogに向かいます。


[過去を追う]
さて最近の僕の脳内ファッション枠の大部分を占めている「理想のワードローブづくり」について。
その作業にゴールなんて絶対にないんですが、ようやく自分の中でその大まかな枠組みが見えてきてます。

自分の青春時代にいつまでもしがみついてみっともないと思われそうですが、90年代後半〜2000年前半のストリートの熱量、ギャルソン・ヨージ、アントワープが放っていたモード、それに覆い被さってきたミニマリズム、あの時代の空気感を今再現したいのだとようやくわかりました。

結局、あの頃はそれを自らが楽しむほどの余裕はどこにもなかったわけです。
それが今、ようやく少しだけ余裕が出てきて、あのどこまでも洋服がかっこよく面白かった(と未だにどうしても思ってしまう)時代をごくごく個人的に追体験しようとしてるんじゃないか、という気がしています。

それが端から見たひとにわかろうがわかるまいが、自分の中ではそういうことのようです。


[それでは解説]
<outer>
ずっと着てみたいと思いつつ、なかなか機会に恵まれなかったpaul harnden。
ようやくその思いが実を結びました。

ts95-4.jpg

思えばそれこそ学生の時にアッパーとライニングの間に新聞が挟んであるレザーシューズを見たことが原体験。
そのやり方や木型、革の質感、そして値段(それでも10万円ちょっとくらいだったけど)にぶっ飛んだのを強烈に覚えています。

ジョンロブ出身の職人が、素朴なのにずいぶんとまあラディカルなモード靴を、と。
それがいつの間にか服も出てきて、そのひとつひとつがまた琴線に触れること触れること。


で、実際に袖を通してみて思うことは、非常に不思議な服だということ。

ハーンデンにも色んな服がありますから、これ一着でその全容を判断することはもちろんできませんが、とにかくこれを着て思うことを。


コンフリクトが内在する服です。
コンフリクトが強烈過ぎるなら、アンビバレンス、二義性。

ts95-5.jpg

正直ソリッドなかっこよさを持つ服では全然ない。
だけどその一方でマテリアルはものすごくソリッド。

イメージとしてビッグシルエットな服だと思っていましたが、着た感覚としては、細い。
肩や身頃なんか思ったよりも全然細い。
けれどこうやって自分が着てる画像を見ると全然タイトじゃなくて、やっぱりどちらかといえばビッグシルエットです。

見ようによっては(もしくは着こなしの問題か)、ものすごく朴訥としたややもすれば野暮ったい雰囲気も感じるし、一方モードな雰囲気も感じる。

「無名性」を感じるのに、ハーンデンだすぐわかるほどの強烈な存在感。

合わせるものをものすごく選ぶ服だという感じもするけど、何に着てもいいような気もする。

かっこいいんだか悪いんだかすらもうよくわからない。
コンフリクトが内在しているのは服の方じゃなくて、自分の方だ。

そしてただ一つ確信していることは、自分の側に立たせるまでにはそれなりの年月を要求する服だということ。
これはこちら側にその力がないのはもちろんだけど、どうもそれだけじゃないような気がする。

だからなのか、この服を取り上げるのに少し時間がかかりました。

全然捉え切れてないからです。


でもこれを着て思いました。

理想のワードローブに加えたい服があったら少し無理してでも買って着てみよう。
早く手に入れれば、それだけ多く着られる。

「一回でも多く着ないと理解に近づけない洋服がある」ということをはっきりと認識させてくれました。

もちろん、デニムやオックスフォードのシャツ、バスクシャツなど、着込んでいって初めて風合いが出てくる服があるのは当然身を以て知っています。

それ以上にもっと概念的に、観念的に。



値段が高いから、小難しくあれこれ考えちゃうだけかもね!!

ts95-3.jpg


<inner & pants>
ts95-6.jpg

まるでinner downなど着ていないかのように見せるテクニックを取得したtkj。

ちらりと見えたそれを

「あァ、インナーダウン便利っすよねェ、流行ってますよねェ」

なんてシティボーイ店員に指摘されようものなら、


中のインナーダウンなどない。


と、tkjはかわうそのように静かにいきり立ちます。


中のシャツはオーダーのオックスフォードで、チノパンツはlamond。

ts95-7.jpg

このチノは打ち込みがすごく良くて光沢があって、形もものすごく好み、値段も良心的で、個人的大ヒットでした。
2011年9月購入。
ボタンフライで2番目がフックになってるのはフレンチワークパンツからの引用でしょう。
マルジェラでもよくみますよね。

とにかくハーンデンが重量級なので極力プレーンなもので。
正直何に合わせるのか手探りなのです。

<shoes>
ts95-8.jpg

極力シンプルなものを選ぼうと思ったら、guidiかTricker'sかなと。
ぱっと見て黒一色の靴だから。

このTricker'sはほんとうにいい靴です。
my永世定番入り確定済み。


[ものにまつわるナラティブ・ストーリー]
時事ネタを取り上げるのはあまり好きではありませんが、今回は少し思うところがあったので。

佐村河内守さんという方がゴーストライターを使っていたことや障害があると偽っていた可能性があることが露見し、世間を賑わせているようです。
僕はほとんどテレビを見ませんので、彼のことを全く知りませんでしたし、彼の(名義で実際は新垣さんが作った)曲も聞いたことがありませんでした。

彼がもし障害を偽っていたのならばそれはやはり褒められることではありませんし、作ったものでない曲を自分のものとして世に出すことも正しいことではありません。

けど今回この話を持ち出したのは、そんなことを非難する為ではありません。

どんな人間も、ものごとに付随する物語(ナラティブ・ストーリー)にはほとんど絶対に振り回されるんだということを再確認したからです。

この事例で言えば「生命線である耳を奪われた音楽家がその致命傷と共存して素晴らしい曲を生み続けている」という壮大な物語です。
その物語そのものもおそらくは価値を持っていたことは想像に難くありません。

今回の出来事には服好きには避けて通れない大きな共有事項が含まれていると感じるのです。



突然ですが、ケーキ屋さんの店頭に「チーズケーキ」と「デンマークチーズケーキ」が並んでたらどっちを買いますか?
よっぽどデンマークが嫌いなひとじゃない限り「デンマークチーズケーキ」を選びませんか?
僕は実は無類のチーズケーキ好きで、そこに「蔵王クリームチーズケーキ」が加わったら頭を抱えてそこでうずくまっちゃうと思うんですが、簡単に言えばこれがそのチーズケーキがもつ「物語」だと思うのです。

どこのチーズを使用したかもわからない単なるチーズケーキよりはデンマーク産のチーズを使って作ったケーキの方が美味しそうだ。

その判断にデンマークという国に対する知識はほとんど影響を及ぼしません。
いったい僕らの何%がデンマークという国に対してどれほどの知識を持っているというのでしょう?
それでも僕らは(少なくとも僕は)デンマークチーズケーキにまっしぐらです。

少し前にあった産地偽装も、同じ根を持つ木なのだと思います。

これがあるいはブランディングという大げさにいえばビジネスにおける販売ストラテジーであり、概念上の価値の創出です。

僕たちがものを選ぶとき、もの自体の良し悪しはもちろん、それに付帯してくる物語(ナラティブ、ストーリー)をも選び取っています。意識的にせよ、無意識的にせよ。
もしくはその物語自体が判断の主材料になることだって少なくないかもしれません。



これは耳が聞こえない(という一種信じ難い感動的な克服のストーリーを持った)ひとが作っているから、なおのこと素晴らしい。

これはアメリカの200年続く手練の工場が縫製を担当しているから、他では決して出せない味があります。

ロイヤルワラントを3つももっているメーカーです。

◯◯も着ている!



世の中の全てのものにはそれらにまつわるナラティブがあります。
僕たちはその付帯情報から完全に離れて純粋なものの価値を適正に評価することなど本当に可能なのでしょうか?

おそらくは不可能です。

ですから物語というものがもつ強大な力が、意図的に悪意をもって用いられれば用いられるほど、本質は歪められ、本題から外れていく可能性があります。

僕はこの事件で佐村河内さんを初めて知り、当然新垣さんというひとも初めて知り、HIROSHIMAという曲も初めて知りました。
単純にいい曲だと思いました。
もし仮にこれを耳が聞こえない方が作ったという情報を得ていたとしたら、僕はこの曲の評価を一段階引き上げたでしょうか、それとも引き上げなかったでしょうか?
多分フラットに感想を持てたんじゃないかとは思いますが、断言はできません。


さて翻って大好きな大好きな洋服に転じてみます。

例えばいま、シャツが欲しいとします。
いくつか候補をピックアップします。
デザイン、色、形,ブランド。
そして当然、それらの背景を可能な限り調べます。

それらの服が持つ物語と僕の嗜好性、そしてプロダクトがもつ特性がうまくマッチしたとき、僕の意欲は刺激され、所有欲が頭をもたげ、僕を購買行動に走らせます。

そうです。
僕は洋服に関していえば、ものそのもの良し悪しに加え、物語を選択基準の中にしっかりと入れているのです。
気付く方も多いと思いますが、シャツを選ぶ時のピックアップの仕方に「ブランド」がありました。
これこそ物語そのものです。
洋服を選ぶという行為は、誤解を恐れずに言えば、多くの部分で物語そのものを選ぶ行為なのです。
シャツならボレッリ、バルバ、フライ、と言うように。
そして今回のことで、僕たち消費者はそもそもその物語の正しさを判断することすら不可能な場合があるのだということを再確認しました。

だとすれば僕らに出来ることは常に頭をフラットにクリアにしようと努めて、ものと対峙する姿勢を持つことでしょう。

本当に自分はそのもの自体の価値を適正に判断できているか。
物語の大きさに、その目を曇らせていないか。
その物語がなくてもそのプロダクトを欲しいと思えるか(というところまできてしまうと、服好きスペック好きとしてはちょっと寂しいなとも思います笑)。

つまり「自覚的であること」がおそらくは大事なのです。

そこに自覚的ならば、これからも物語というものを判断材料の大きな一つにしていくことは決して悪くないと思いますし、本当に心酔しているのなら僕はその物語自体を買うことも厭いません。

例えば僕はもうすでにsmoothdayの持つ物語の中にすっぽりと包まれています(それでも全ての商品を買いませんけど。

もっと言えば、物事にはある程度の物語は必要なのだとも思います。
物語は人々を安心させ、励まし、共感を呼び、感動を与えます。

ただ今回、彼は物語を少し大きくしすぎてしまったのだと思います。
そして人々の善意を利用したところに問題があるのでしょう。


今回の事件から得た教訓のようなもの、再確認事項があるとすれば、こういうことだったのだと思います。

・ 常に物語というものに対して自覚的であること
・ 常にそのもの自体の良さを理解しようと努めること



今回のことで、予定されていたコンサートが中止されたり、楽譜の発売が中止されたりしているみたいです。
確かに佐村河内さんの名義で出すわけにはいかないでしょうし、原爆関連や被災関係のイベントはそのコンセプトからして開催するわけにはいかないでしょう。

さまざまな法的問題が今後検討されていくようです。
けれど、曲そのものに限って言えば、虚構の物語に彩られていたのではなく、そのものがほんとうの価値を持っているのなら、自ずとそれらは残っていくでしょう。
偉そうで厳しい言い方ですが、もし残らないのならばその程度の曲だったというだけです。

逆にこのドラマチックな悲劇(見方によっては喜劇かもしれません)という物語の力でもっともっと評価されるかもしれません。実際、どこかのチャートではまたトップになったというニュースも目にしましたから。

物事の本質がほんとうにどこにあるのかなんて、誰にもわからないのかもしれませんね。
それでもやっぱりそれがどこなのかを常に考え続けることが肝要なんだと思います。

正しい答えに、到達しなくても。

ts95-2.jpg
















マックコートも着てみたいです。
このアフィリエイトのリンク先では「売り切れ」でしたので、クリックしないで下さい。
マックコートっていうのもあるんだという紹介がしたかっただけです。















トムブラウンの靴はかっこいいなと思います。
素材と形の組み合わせがいいなと思うものが多いです。


















サイズが合えば。

関連記事
[ 2014/02/08 17:07 ] Today's style | TB(0) | CM(8)

ジャケットのサイズ

ジャケットのサイズ合ってますか?
というか合っていない気がします。
サイズの感覚は好みの部分もあると思いますが、ジャケットは合わせる必要があるかと。

コメントの為にやっているのではないでしょうが、それにしてもコメントが付きませんね。
何が原因なのでしょうか。
[ 2014/02/10 15:51 ] [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2014/02/12 16:08 ] [ 編集 ]

Re: ジャケットのサイズ

民衆さん

コメントのお返しが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

ジャケットのサイズですね。
アドヴァイスありがとうございます!

コメントいただけない原因・・・・。
原因について考えたことはなかったですが、コメントしよう思っていただけるほどの面白さがないですとか、コーディネイトがかっこよくないとか、その辺りではないでしょうか?

コメントは確かに頂けると非常に励みになります。
ですがこんな小さなブログです。
なくて当然かなと思ってます。
ですので今までもコメントしていただけた時にはそのつど感謝の気持ちでいっぱいでした。

そもそも見ていただけていることだけでありがたいと強く思っているので、コメントがないことについては個人的にはあまり大きな問題にはならないみたいです。

ジャケットのサイズのことといいコメントのことといい、いつもいろいろ心配していただきありがとうございます!
[ 2014/02/13 05:53 ] [ 編集 ]

はじめまして。
コメントの非公開をご希望でしたので、お名前をお呼びできなくて申し訳ありません(>_<)

本当にありがとうございます!
こういうコメントをいただけるだけで、これからもブログを続けようという気持ちが涌いてきます!
教えていただいた件についても前々から検討はしているので、今後も考え続けていこうと思います!
これからも見ていただけると嬉しいです!
それでは失礼します!
[ 2014/02/13 05:56 ] [ 編集 ]

民衆さん>

あなたみっともないですよ。

tkj氏>
新たなデニムを買おうか悩み中。
その前に、リゾルト712その他を履き込めという話ですが笑。
[ 2014/02/13 07:25 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

赤い水性さん

新しいデニム!?
なんでデニムって何本あっても次が欲しくなるんでしょうね・・・・・?
僕はもう向こう5年くらいは買わなくて済むくらい持ってる・・・はずなんですが笑。
[ 2014/02/13 22:06 ] [ 編集 ]

ご丁寧にありがとうございます。

理想のワードローブ作りって難しいですよね。無名メーカーを選んで失敗したり、憧れのブランドを購入したけど使用頻度が低かったり、旅行中にフラっと購入した物が大のお気に入りになったり、ワードローブ構築はツクヅク難しいものだと実感しています。まずは購入してみる、ダメだったら次をトライするという積み重ねが現在のクローゼットの中身なんだと思います。

翻ってみれば、僕は新入社員の頃に大枚を叩いてコードバンのチャッカブーツを購入したことがあります。周囲からは分不相応な!とのお叱りもありましたが、浪費・消費の淘汰に耐えた数少ない老兵です。消耗品と言われるシャツやネクタイも一切の妥協せずに購入したものだけが、長年の相棒として活躍してくれてます。

「最良の物だけが残って行く」
僕にとって理想のワードローブは、その延長にありそうな気がします。尤も理想を築いても買い物を止めるとは思えませんが。。。
[ 2014/02/17 22:37 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

BANZAIさん
再びコメントありがとうございます!
先日コメントを頂いた時にBANZAIさんのブログの記事も全て拝見しましたが、買い物の為だけにヨーロッパに行きたくなりました!
僕もミラノとフィレンツェに行った時は、1週間くらいショップめぐりの為だけに滞在したいと思いました。
ノーザンプトンのファクトリーは一回行ってみたいです。

おっしゃる通りほんとに理想のワードローブ作りは難しいですよね。
「最良の物だけが残って行く」
まさに僕もそう感じています。
全然アップしていませんが、この2か月位の間にも実はかなりワードローブの入れ替えがありました。

これからもBANZAIさんの経験と博識と知恵で、僕の理想のワードローブ作りにアドヴァイス頂ければ嬉しいです!
[ 2014/02/17 23:10 ] [ 編集 ]

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